お母さんと息子2
「なんでいままで黙ってたんだよ、養子だってこと」
「いつかわかるときまではと思ってね…」
「なんだか、裏切られたような気分だよ」
「正人…」
それはまったくの本心ではなかったのです。でも、その時、何もかもが信じられなくなったのも事実でした。
いろんな感情がグチャグチャになって、口をついて出てしまった言葉。
それからは、ちょうど反抗期ということもあって、正人さんはなにかと親に反抗するようになっていきます。
「バカヤロー!親でもないのに、いちいち俺に干渉するな!俺が何しようと俺の勝手だろう!」
「正人、お母さんの言うことも聞いてちょうだい」
「お母さん、お母さんってな、恩着せがましいこというんじゃねえよ!」
「正人!今まであんたに言わなかったのはね」
「言い訳なんか、聞きたくねえよッ!」
こんな日々のくりかえし。まったく勉強も手につかなくなって、参考書も破ってしまいました。
「正人!何してるのッ?!」
「見りゃわかるだろ。俺、勉強やめたんだよ」
「どうしてッ?」
「勉強する必要なんかねえからさ」
「進学するって言ってたじゃないの」
「じゃ聞くけどよ、なんで大学行かせたいんだよッ?俺がいい大学行って、いい会社入って、たくさん金もらえば、自分達が楽できると思ってるからだろッ?」
お母さんと息子1
自分の親が実の親じゃなかったと知ったとき。人はどんな悲しい思いをするのでしょうか。私のまわりにも養子の関係の親子がいます。
やっぱり子どものころはしらされず、よけいなだれかがそれを知らせてしまうんですよね。でも、そこにはだれも立ち入ることはできません。
親子でそれを乗り越えていくしかないのでしょう。実際にどんなに親子がもめても、だれかが間に入ってどうのこうのなんて話は、私のまわりでは耳にしたことがありません。
そっと見守るしかないんですよね。
正人さん(仮名)もまた、10年ほど前にそういうことを知らなければならないときがやってきました。そんなお話です。
正人さんが高校生の時のことです。正人さんはバイクの免許を取るため、区役所へ戸籍抄本を取りに行きました。
「はい、こちらが戸籍抄本になります」
「はい、ありがとうございます」
受け取って戸籍抄本を見ると、そこにあったのは自分が養子だと書かれた文字。
「これはなんだ?…」
初めて見たとき、ショックの大きさでなにも考えられなかったそうです。でも、だんだんこれが現実だということに彼は気づいていきました。
そして、家に帰ると、お母さんが出迎えてくれました。
「ただいま」
「おかえり、正人」
「今日、オレが区役所へ戸籍抄本を取りに行くって知ってただろ?」
「ええ…」
六本木で時計が4
そんなある日のこと。佳代子さんが息をきらせて帰ってきました。
「お父さん、お父さん!」
「何だよ、うるさいなあ」
「見つかったのよ、時計がッ!」
「時計って?お前の時計が?!」
「そうよ。ほらッ!」
「お、よかったなぁ。佳代子!じゃ、盗まれたんじゃなかったのか?」
「そうよ。今日ね、もう一度、あの店に行って聞いてみたの。そしたら、カウンターの下の隙間に落ちてたんですって。何日か気づかなかったんだけど、それをね、バイトをやっていた人が掃除のときに見つけてくれたらしいの!台湾から来た留学生の人だって。店が預かってくれてたの」
「そうだったのか」
「彼、もう台湾に帰っちゃってるそうだけど、彼の知り合いに住所教えてもらったの。これから手紙出すわ」
「うん、そうだな」
佳代子さんは彼の誠実さに感謝する手紙を書きました。お父さんも一言その手紙に書き添えてくれました。
「(謝々(シェイシェイ)」
一週間後、彼から返事が来ました。彼の書いた、たどたどしい日本語を佳代子さんはお父さんと何度も読み返しました。
そしてまた、佳代子さんは習い始めたばかりの中国語で、彼に手紙を書いてみたそうです。
「お父さん。マクドナルドって中国語でなんていうか、私覚えたよ」
「なに?」
「マイトンロー」
「お~父さんも、会社で使わせてもらうよ」
六本木で時計が3
「トモちゃんは何て言ってんだよ?」
「たぶん、その店には何人かの外国人の人たちがいたから、彼らじゃないかって」
「ほら見ろ、そんなとこ行くからだよ!」
「でも、みんな留学生みたいだったし、店の人とも知り合いみたいで、へんな感じじゃなかったんだもん」
「留学生かあ、いいヤツばっかりとは限らないからなあ」
「日本語を勉強してる学生よ。でもその人たちとっても感じのいい人だったのよ」
「私が泥棒ですって顔してる泥棒がいるのか?怪しいぞ」
「そういう色眼鏡で見るの、やめてよ」
「警察には届けたのか?」
「届けてない。だって、出てくるとも思えないし」
「でも、質屋とか持ち込んだらすぐにわかるだろ」
「そうか。じゃ、届けてみようかなあ」
「まあ、時計ひとつで捜査なんかしてくれないけどなあ」
「そうよねえ…」
「あーあ…」
お父さんが落胆するのも当然の話でした。佳代子さんは悪いことしたなあ…と、しばらくお父さんの顔を見ることができませんでした。
お父さんは お父さんで、こんなことを考えていました。
もう1回買ってやろうかなあ…あんなにがっかりしてるんじゃ、かわいそうだし。でも、安易に買ってやるのも本人にとってよくないし、ここはしばらく反省させてから、もう一度買ってやるのもいいかもしれないなあ。
六本木で時計が2
ドン、とテーブルを叩いて怒るお父さん。
「どこだッ?どこで盗まれたんだッ?」
「六本木のショットバー」
「な、なんだ。そのチョットバーってのは?」
「ショットバーだよ。お父さん、いったことないの?」
「ああ、ショットバーね。ショットのバーだろ」
「知らないくせに。ウィスキーやカクテルを一杯ずつ買って飲むようなオシャレな店だよ」
「何がオシャレだよッ!時計なんかを盗むようなゴロツキやチンピラの溜まり場だろうが。そんなくだらん場所に出入りするからバカ見るんだよッ!」
「そんな言い方よしてよ。くだらない場所じゃないわよ。ゴロツキやチンピラの溜まり場でもないし」
「六本木なんてそんなところだろ!」
「もう東京ぜんぜん知らないんだから。かんべんしてよ」
「うるさい!だから、なんで盗まれたんだ?!」
「私、飲んだり食べたりする時って時計外す癖があるのよ」
「バカだな、お前は!」
「いちいち頭ごなしに怒鳴らないでよッ」
相当ムスッとしているお父さん。まだ腹の虫がおさまりません。
「で、盗んだヤツの見当はついてるのかッ?」
「わからないわよ」
「お前、まさか一人でそんな店行ったんじゃないだろうな」
「トモちゃんと一緒よ」
「女の子ふたりでそんな場所行くんじゃないよ!」
「いいじゃないの、たまには。それにトモちゃんの誕生日だったんだし」
六本木で時計が1
「この店じゃなきゃダメなのか、佳代子(仮名)?」
「ここがオシャレなのよ、お父さん!」
「うわっ、けっこう高いじゃないかよ。おい、こっちの棚がいいんじゃないの?」
「ダメダメ、奥の棚を見るの!ここまできてこまかいこと言わないの!買ってくれるんでしょ?」
成人式の時、父が記念に時計を買ってくれるというので、ここは思い切って甘えて高価な時計を買ってもらった佳代子さん。その三ヶ月後のことでした。
「お父さん、コーヒー入ったわよ」
「お、ありがとう」
「砂糖ひとつだね」
「ああ…あれ?おい、佳代子。お前、時計どうしたんだよ、最近してないけど」
「あッ…それが」
ドキッとする佳代子さん。カンのいいお父さんが追求します。
「まさか失くしたんじゃないだろうな」
「お父さんゴメンなさいッ!ホントごめんッ!」
「失くしたのかッ?」
「うん」
「なんだとお前この野郎!お父さんが汗水流して働いてやっともらった給料で、高い、高い時計を買ってやったっていうのにッ!」
「そんな高いを連発しなくても…」
「うるさいッ!いったいどうしたっていうんだッ?!どこでなくしたんだよ!」
「実は…盗まれたの」
「盗まれたァ?!」
お父さんが怒るのも無理はありませんでした。佳代子さんも大事にしていた時計だったのに。